2015年1月13日火曜日

MBAとマンフォードのラーニングモデル!


子どもの学びと学校の勉強

子どものころは、何でも吸収できた。
言葉やそれぞれの状況での立ち振る舞い。
自転車の乗り方だって半日もすれば、
ぎこちないがバランスをとりながら
いつの間にか前に進んでいた。

毎日新しいことを学ぶ機会が無限にあった。
言葉がうまく喋れたり、ハイハイからうまく歩けたり、
三輪車から自転車に乗れるようになったり、
新しいことを学ぶのは、楽しくて仕方がなかったはずだ。

それが、小学校に進んで時が経つにつれ、
先生の話が退屈になり、宿題は面倒くさい。
挙句に塾まで行かされて、
楽しかったはずの時間が、苦痛になってくる。

確かに10代の学校での勉強はつまらない。
自分の興味とはかけ離れ、「基礎学力」をつける名目で
とにかくありとあらゆる知識のインプットに専念しなければならない。

私たちが10代の頃の学校とは
確かに今は変わってきたといえるのだろうが
それでも英語の科目ひとつとっても
世界で使える英語として未だに成り立っていない。

ある時は楽しいと思ったり、ある時は苦痛だったり、
はたして「学び」とは何なのだろうか?

社会での学び

ピーター・センゲによるとビジネスの世界では、

1)個人レベルでの学び、
2)チームによる学び、
3)部署ごとによる学び、
4)組織による学び、
5)組織同士による学びがないと

新しい創造やイノベーションは起こらないという。
センゲはこれらの学びを一言で「metanoia」=精神と心の転換と言っている。

前回から70/20/10の法則ジョハリの窓でもお話ししたように
社会での学びでは、10代でやってきたような
知識のインプットだけでは十分ではなく、精神と心の転換、
幼い頃の学びから得た喜びのような感覚、
metanoiaがなければ「学び」とは言えない。

学びのピラミッド

心が喜ぶ、奮起するような学びはどこから来るのだろうか?
それは、気づき(awareness)とふりかえり(reflection)からだ。


斎藤ウィリアム浩幸さんの記事からの抜粋になるが
学びのピラミッドを私なりにアレンジしたのが下記の図になる。




斎藤氏も記事で書いているとおり、日本の学校教育は、
一番下から二番目まで、つまり、データや情報を
一方的にインプットしているだけの勉強が多い。

例えば、英語の単語や文法を勉強しても、
英語圏の文化は少ししか知ることができない。

インプットされた情報に対して、「Why(なぜ)」と問いかけることで、
つながりのないデータや情報群が、意味のある知識(③)に変わる。
英語でいえば、アイコンタクトやニュアンス、文化などが知識となって
英語がコミュニケーションのツールになってくる。

たとえ知識があっても、それを実践で使わなければ、それ以上の学びはない。
実際に使うことで経験を積み、もっと深いレベルで共通点や相違点、
知らなかったことなどがフィードバックされて、新しい知識が得られる。

第4段階で理論(④)と書いたのは、英語を話すためだけの知識というよりも
もっと広い範囲で使えるような知識が実践することで得られるからだ。
これをtransferable skill(転換可能なスキル)という。

英語の世界では、日本語と違って、言葉として表現しないと
伝わらないという前提がある。言葉として正確に表現するということは、
日本人同士であっても誤解を招きたくないシチュエーションなどのときに
コミュニ―ケーションのスキルとして全く別の形で使えるようになる。

いろいろな学びを実践に活かしていくと、必ず失敗することがある。
どんな理論でもうまくいく場合といかない場合とがある。

うまくいかなかったときに「なぜ?」とふりかえることで
新しい方法論や知識を学ぶことができる。
ふりかえった内容をさらに実践に活かすことができるのが「智恵」(⑤)である。


学びのサイクル

ピラミッドでは、③④⑤と上下関係で示されているが、実際のところは、
下のようなLearning Cycleによって常に円でお互いに関係しあっている。





過去の経験やデータ、情報から共通点、相違点、
今までの経験や前提から推量、分析をしながら、
どういう意味なんだろう、何があったんだろうとふりかえる(Reflect)ことで、
あらたな気づき(awareness)が生まれる。

ここでは、理由や原因がわかるようなものの見方(theory)が出来上がる。
過去を振り返るだけでは今や将来に活かせないので、
次に新しく気づいた見方を実践に当てはめて(plan)、試してみる(action)。

そして、また次のふりかえりが始まり、学びのサイクルは
智恵となるスパイラルとして繰り返し繰り返し円を描く。

これが気づきとふりかえりの学びである。


学びとMetanoia

ここに面白いデータがあるのでご紹介したい。

記憶についての研究で、

ただ単に手順を伝えられたグループと、
②実際の手順を見ながら教えられたグループ、
③実際に見ながら教えてもらい、それを実際に経験したグループと三つに分けられて、

それぞれが後にどれくらい覚えているかを比べてみたところ、
次のような結果だった(Whitmore 2002)。


①言葉で伝えただけ②見せて、伝える③見せて、伝え、経験する
3週間後の記憶70%72%85%
3か月後の記憶10%32%65%

一方的にインプットされただけの記憶がどれだけ
微妙で崩れやすいものかがこれをみてよくわかる。

逆に③の三か月後の65%をみると
自ら経験することで、気づき、振り返り、
そして知識を自分のものとしているのがよくわかる。

学びとは、気づき、ふりかえり、心と精神の転換、歓びである。

最近、勉強が楽しくてたまらない。
妻から、勉強のし過ぎで注意されるくらいである。



参照文献

Senge, PM (2006), The fifth discipline: The art and practice of the learning organization, Revised edn, Currency Doubleday New York. 

Gallagher, K (2013), Skills development for business and management students: study and employability, Oxford University Press, Oxford. 

Whitmore, J (2002), Coaching for performance: Growing people, Performance and Purpose,, 3rd edn, Nicholas Brealey, London.