2014年8月1日金曜日

海外に暮らせば英語が上手に話せるようになるか?


オーストラリアに行けば、英語が話せるようになるのか?
そんなことはない。

住む場所が決まり、異国での暮らしが流れ始めると
ひとつの壁にぶち当たる。

そう、人と話さなくても暮らしが成り立ってしまう。


こちらで仕事をしていれば別だが、とくに主夫の私は学校が始まらない限り
食事の用意と家事全般が仕事。スーパーへ買い物に行くか、日用品の買い出し、
生活に必要な最低限の会話程度しか英語を使わない。
更に悪いことに、今のネット社会では、面と向かって人と会話する機会を探すほうが難しい。


オーストラリアの某銀行のCMにこんなのがある。

あるオジサンの一日が目覚ましの「オキテクダサイ」から始まる。

電車の自動チケット売り場から乾いた電子の声
会社のエレベーターから「ツキマシタ ヨイイチニチヲ」と言われ
家路につく途中のゲーセンの前で、ネオンと電子音だけが鳴り響く光景に

ただ茫然と立ち尽くし黄昏るオジサン。

そして、最後に立ち寄った某銀行の場面。

中に入るとすかさず「リアルな」男性がでてきて「May I help you?」と言う。

主人公のオジサンは、やっと人に会えたという
喜びを抑えきれなくなっていきなりその店員に抱き付く!!

主人公が私と同じオジサンだから?と言うわけではないが、
なんだか現代のネット社会のリアリティを皮肉っていて
面白いなと思うし、共感しながら見ていた。




40代なら携帯のない一昔前、友達と連絡を取り合うのも一苦労だったのを覚えているだろう。

固定電話にかければ必ず相手のご両親が電話に出る。
見ず知らずの人に自分は何者かを正直に伝えなければ
当の本人には繋いでくれない。

ましてや異性の場合、変な虫がつかないようにとセキュリティレベルが
かなり上がるので、それをクリアするのも至難の技だった。

それが今では、メールかLINEなどのSNSで済んでしまう。
急病で会社を休む場合なども
相手の反応をいちいち気にしなくてよいからと
重要な報告をメールで済ましてしまう。

ただでさえ忙しい上司を電話で邪魔してはいけないという思いもあるだろう。
メールで報告すれば、文章で残るから、重要な内容はメールのほうが
保存がきくという利点があることはもちろん認める。

ただ、仕事を辞めるとか、彼女に別れを告げるのまでデジタル世界だけで
済ませてしまうことには、違和感を感じざるをえない。



シドニーでの暮らしが落ち着いてくれば、人と交わる機会、
英語を使う機会が減っていくことは、実は最初から想定していた。

なぜなら、はるか昔(25年前)私が高校留学でアメリカのオハイオ州シンシナティへ行ったとき
同じようなジレンマに遭遇したからだ。

ホストファミリーの家から近くのハイスクールへ通っていたのだが、
2か月くらい経つと何もかも珍しかった事が
日本と変わらないような日常に変化する。

最初は授業についていくのに精いっぱいで英和と和英辞書を抱えて
(電子辞書などなかったなんて考えられない!?)
必死で宿題をやっていたのが、
ある程度余裕がでてくると、ハタと例えようもない孤独感に襲われる。

家とハイスクールを往復するだけで、まわりの生徒から声をかけられることもなく、
学校での出来事があまりにも平凡すぎて、ホストファミリーに話すネタもなくなり、
学校から帰ると宿題を理由に自分の部屋に引きこもるようになった。

「チカラ、どうして自分の部屋にばかりいるの?
アヤ(前ホストした日本人留学生)は、よく友達と出かけたりしてたわよ!」

ホストマザーの見透かされたような一言で
胸に溜まっていたものがドバっと大粒の涙になって流れてきた。

「だ、だって、誰も誘ってくれないんだ…僕だって努力してるんだ…」

当時16歳の「さわやかボーイ」の私は、唇を震わせながら大泣きしていた。

25年後の今思えば、なにもここまで大泣きしなくてもよかっただろうにと思うが
夢いっぱい順風満帆で留学したのはいいが、
異国の地で思う通りになかなか溶け込めないという
おおきな挫折感を初めて味わい、この挫折感が反動で
かなりのホームシックにかかっていたのが相まって悔し泣きと寂し泣きを一度にしたのだろう



大泣きした私をビックママ(実際に大柄な人だった)は
ギュッと抱きしめてなだめながら言った。

「それであなたはどんなことをトライしたの?」

「私に話してくれたように、まわりの生徒や先生やtutorに自分の気持ちを伝えたの?」

この彼女の助言で一気に自分の世界が広がった。
化学の先生の紹介でミュージカルに入れてもらったり、
グリークラブに入ったり、サッカーをしたり、社会奉仕活動に行ったり、
先生の奥さんの小学校まで行って、折り紙を教えたり。

そうこうしてるうちに友達がたくさんできて、
週末にはホストファミリーと過ごす時間がなくなるくらい友達から誘いがくるようになっていた。

一年経って帰国したときには、モノが落ちそうなときに「oops!」と
言ってしまうくらいアメリカナイズされていたのである。


  Participant Observationという言葉をご存じだろうか。
人類学者や社会学者がフィールドワークをする時に
実際にその文化・社会に積極的にかかわることで一員となり、
そのグループの人びとのコトバや考え方を学び、
そして観察することで比較研究するという手法なのだが、

私が高校留学で体験したのは、まさにこれのこと。

もちろん観察者としてのトレーニングは積んでいないので、学者のそれとは違うが
異なる社会や文化の神髄までもぐりこむというエッセンスにはかわりない。

英語が話せるようになるとか、英語がわかるようになるというのは結果論である。
オーストラリアという社会のなかに飛び込んで、どっぷりとつかることができるかできないかが、
その地域のコトバを習得できるかできないかの境目となる。

異国の地で、使い慣れた日本語が話せる日本人同士でかたまるのは、
気が楽で心地よいが、英語を学びたければ、
その国の歴史や文化、社会を積極的に学ぶべきである。

25年前のように、今回はまわりのせいにしたりはしない。
オーストラリアにどっぷり浸かるにはどうしたらいいか?
そして、おカネを使わずに社会に入り込むにはどうしたらいいか?
ここは腕の見せ所である。

悠長に向こうからチャンスがやってこないかと待っているほど
オジサン人生は、長くはない。

CMの主人公ではないが
とにかく人のいる場所なら何処にでも出かけて
しがみついて離さないだけである。

英語を話せるように「成る」ではなく、話せるように(自分でコントロール)「する」のである。
Be hungry!
Be foolish!