2014年7月29日火曜日

シドニーの街並みと”自然”とのかかわり。



真の文明は
山を荒らさず
川を荒らさず
村を破らず
人を殺さざるべし

人間は万物の奴隷でいい
                                     田中正造




都会に住んでいると、おカネを使わずにできることを探すのにひと苦労する。
私たちが住んでいた黒姫なら、薪割りや畑仕事、ガーデニングと家のまわりにいるだけで
なんとなく一日が終わってしまう。

ときには、お隣さんが収穫したてのキュウリやモロコシをおすそ分けしてしてもらったりと、
山里の暮らしにはまだ、貨幣経済に冒されない領域がふんだんに存在している。

都会に暮らす皆さんには申し訳ないが、
あらためて都会は住むところではないと感じる部分がある。
特にシドニーのように世界でも有数の物価高の都市では、
のんきな田舎暮らしの私たちにはときには窮屈に感じる。

東京のようにたくさんの人の群れに紛れながら、摩天楼のビル群に囲まれて、
仰ぎ見る空の狭さにため息をつきながらでは、さすがに1ヶ月ともたなかっただろうが・・・

シドニーにはまだ自然が近くにたくさんある。

まず、日本と違うところは、空の広さ。
シドニー到着後の一週間をシドニーの北部アターモンという郊外のホテルで過ごしたのだが
ハイウェイと呼ばれる主幹道路に建っているにもかかわらず、部屋の窓からは、
見渡す限りジャングルのような樹々の向こうには真っ青な空が広がっていた。



「オーストラリアに来た感じね~」窓からの景色を見ながら妻。

「なんで?我が家の景色もまわりは森じゃん」

「いや~空の向こうに地平線が見えるもん。」

確かに。私たちの住んでいた長野県信濃町は、森の向こうはたいてい大きな山だったから
ホテルの3階からの景色だとしても、これだけ広い空は見られない。


シドニーは460万人の人口を抱える大都市だ。
今まで住んでいたような田舎の自然は正直期待していなかったが、私たちの住むアパートから
5分くらい歩くとそこらじゅうに大小の公園や公園とは言わないまでもベンチとテーブル付の
ちょっとした憩いの場がここそこにある。ベンチも普通の歩道にいくつもある。
近くのスーパーまでの15分ほどの道のりで数えてみても、10台以上は設置してある。



犬の散歩をする人、ベンチで読書する人、
敷物とバスケットを広げてピクニックを楽しむカップル。
広い空と陽だまりと、ときには湾の穏やかなさざ波を遠目に観るのも愉しい。

妻の同僚が

「ここは働くところじゃなくて、リタイヤした人には最高の場所だよ!」

と冗談を言っていたが、まさにその通りである。
苦笑いする妻を横目に、申し訳ないなとはおもいながら、心の中で頷いていた。

「私が一時的なリタイヤ組だとは、この同僚には言えないな…」

と妻も同じく思ったに違いない。



自然とのつながりが途絶えないシドニーの街並みはとても気に入っている。
田舎では、つい車に頼り切りになってしまっていたが、こちらに来てよく歩くようになった。

アパートに移ったばかりの頃、いろいろとネット使用について苦労があり、
なんとかフリーでもセキュリティー面で安心して使えるパブリックWIFIはないかと
探してたどり着いたのが、
2kmほど歩いていったところにあるStanton Libraryだ。

この図書館までの道のりで驚かされるのが、街路樹のデカさである。




温暖な地域だから樹々の育ちも早いのだろうが、
それでも10階建てのビルよりも背が高い街路樹がたくさんある。
シティという中心街に行くとさらにデカい街路樹が立ち並び、
20階建てビルもなんだか小さく見えてしまうような錯覚に陥る。

付け焼刃だが、シドニーの歴史を簡単に紐解くと、
アボリジニーの人びとはこの地域に4万年前から暮らしていた。
イギリスから初めて侵入者たち(私の歴史観は常にしいたげられた人びとの側に立ちたいとおもう)
がやってきたのは、1788年、226年前のことである。何度も大規模な開発はあっただろうが
200年前から今ある街並みがつくられてきたと思えば、街路樹の大きさにも納得がいく。

日本でいえば、伊勢神宮のでっかいヒノキや杉の樹がそこらじゅうの街路樹や公園に
普通に植わっているような感覚である。
まだシドニーの夏を体験していない現時点では、予測しかできないが
これらの大きな樹々が夏の暑さをしのぐ格好の日蔭を提供してくれるのだろう。



私たち夫婦がまだ横浜に住んでいた頃、アパートの近くに都市整備公団の空き地があり
その空き地の一角に樹齢20年以上の古い桜の樹があった。京都から引っ越してきたのが6月。

青々と茂る桜の樹を見て、翌年の満開を楽しみにしていたのだが、
秋から突然団地建設の工事が始まり結局、雄大なの桜の風景を見ることができなかった。心無い設計士と更地にすることしか能のない公団には、この大きな桜を残そうという心意気はなかったのだろうか?と今でもおもう。

設計段階でいろいろな議論はあったのだろうが、敷地いっぱいにできる限りのボリュームで
建てたかったのだろう、目の前に登場した風景は、そこに小さな自然があったことなど
なかったことのようにモダンなビルが冷やかに建っていた。

あの大きな桜の樹は敷地のど真ん中にあったわけではない。
もし建築士として私が担当すれば、絶対に桜を残す設計をしただろう。
この桜が満開になるのを観れば、毎年子どもや家族の成長とともに
いろいろな思い出に寄り添ってくれただろうに。
あれから8年も経つのに、未だに残念に思っている。


何を次の世代に残していくべきか?
木陰がどれだけ私たちにとって憩いの場になるか?
鳥たちや虫たちにどれだけの影響があるか?

シドニーの街並みや樹々を眺めていると
何を残すのかに多くの時間と労力をかけているのがよくわかる。
この樹は残そう。むやみに伐るな。一本一本に意志を感じる。
都会の自然は、手放しでは残らない。
「一本ぐらい伐ったってかわりゃしないよ」くらいの気持ちでは、
今のシドニーにはならなかったのだろうなとおもう。