2014年5月22日木曜日

ハウツー本が嫌いなワケ。



すべては物語からはじまる。 


神話学で有名なジョーゼフ・キャンベルの言葉。

大学時代に親友(現在、文化人類学者)から
「神話の力」という本がとにかくスゴイときいていたが
つい読む機会を逃していた。ずっと記憶の片隅にあり
その後ひょんなことで読む機会を得たのは、つい最近のことである。
キャンベルは百科事典のような人で、世界のあらゆる神話を網羅している。
あふれる知識の泉はどこからくるかというと、大恐慌時代に
5年間もぶっ続けで、毎日森のなかの別荘で神話などを読み耽っていたかららしい。


もし、私たちひとりひとり、自分が主人公の物語のなかに
生きているとしたら、書き手のあなたは、
白いページに何をつづりたいだろうか。

「神話」なんて、現代と何の関係があるの?と
普通のひとはおもうかもしれないが、何千年も昔の文字のない時代から
口伝えに伝えられてきた「物語」には、純粋な人間の真理が語られていると
キャンベルは言う。

今風に言えば、廃れることのない
ハイパースーパー口コミ情報ってところだ。

物語のいいところは、主人公を通して日常生活では味わえない「非日常」を
追体験することで、読み終えたときにちょっとだけまわりの世界が広がってみえること。

また、世にたくさん出回っているハウツー本と違って
押しつけがましくないところがいい。

読む人間によって解釈をまかされている感があるので
あっなるほどね、とか、そういうこと?みたいな
頭で理解するというより、腑に落ちる感覚だとおもう。

なぜこんな話をするかというと、最初にこの本を書こうと思ったときに
単に「MBAを学ぶにはどうしたらいいの?」とか「どんなことを学ぶの?」みたいな
表面的なハウツー本にはしたくなかったからだ。

世の中には、「~する方法」「~したら、儲かった!」みたいな
センセーショナルなタイトルがあふれているが
どれをみてもうすっぺらなラベルばかりで、中身が中途半端。
なかなか骨太な本に出逢えない。

キャンベル風にいうと、人はいろんな「仮面」をかぶって生きている。
仕事での「仮面」、社会での「仮面」、もしかしたら
家族としての「仮面」。でもそれは、素顔の自分ではない。

今このとき表面的にみえている「仮面」だけで人は判断しようとするが
仮面の裏では、葛藤や悲しみ、苦しみ、歓びや興奮など
複雑な思いが入り混じって混在している。

物語には、そういったいっさいの人間のうちにある混沌を
包括しながら、主人公の成長が描かれていく。

種々雑多な野菜や肉の入ったスープのようにうまみとコクが
あとから口にひろがって、ほっこりするような、そういう物語を
稚拙ながら私が主人公でづづらせてもらいたい。

第一章の冒頭で、ディケンズ著・クリスマスキャロルの
スクルージおじさんの話をしたが覚えているだろうか。

スクルージおじさんは、3人の聖霊によって、過去の自分、
現在の自分、そして、未来の自分を見せられてケチでしみったれた
自分に気づき、改心する。

私も同じように、親会社の社長によって過去の無垢な自分に思い至り、
ドラッカーによって現在の無知に気づき、
リストラされたニゲールによって、未来の選択、今からでも間に合うことを教えてもらった。

これは、一度は諦めによって始まっていた、私の「スクルージおじさん化」が、
三人のメンターによって改心させられたという物語である。

クリスマスキャロルの「Carol」は「祝歌=喜び歌う」という意味だ。

すべては物語からはじまる。
私の物語「MBA Carol」もここから始まる。